tsuchiya-masao's Works

絵画制作の方向付け

●はじめに

・構想中・執筆途中・・・

 絵画を芸術として成立させるにはマテリアルとしての画面とそこに込められた精神性が求められます。即ち物質面と精神面の両面です。精神面は各作家の個人的な問題なので、深く踏み込んだ記述は難しいものがありますが、ここを避けて通れば空虚な技術書に終わってしまいます。
 精神性、心が重要と言って、技術を軽んじている訳では決してありません。アートの元はテクニックです。技を追い求めた先には精神的高みが待っています。色心不二とか心技体と言われメビウスの輪のように表裏一体です。ここでは「技」と「心」を二大要素として扱います。

 私が絵を最初に教えていただいた先生からの言葉があります。

「意余って技足らず。技余って心なし」

 これは上記のことを的確に表しています。私は今までこの言葉を座右の銘として制作してまいりました。

 絵を描こうと思い立ったとき、何らかの心が動いたはずです。順番としてはその「心」から記述していくべきなのでしょうが、通常は入りやすい「技」を先にしています。物質としての画面を作り上げるにはそれなりの技術や方法の修練と知識が必要です。「技」は千差万別で、新古典派やロマン派の流れをくみ取る現在のアカデミックな技法と思われる考えを踏襲するつもりです。洋画の基本は三次元の世界を二次元の紙やキャンバスに表現することです。

コピーと創作

●モチーフ

展覧会で。「この絵素敵ね。まるで写真みたい」 褒め言葉であるけれど、作者にとって嬉しくもあり、嬉しくもなし。
「この絵、子供が描いたみたい。私にも描けそう」 写すなら出来るでしょう。白紙から描けますか?
「この絵好きじゃない。だって何が描いているかわからないもの」モチーフが具体的なら何でも好きになってくれるの?
「絵はわかるんじゃなく感じるものだヨ」と誰かが口を挟む。
講評会での話:「真柏性があっていいね。重厚感があっていいね。諧調が豊かでいいね。雰囲気がでてるね。色が綺麗で濁りが無くていいね。この絵には動きがあるね。空気感があるね・・・」
こういう話を素直に受け止めて描けばいい絵になるのだろうか。ロマンティックな絵はいけないの?軽妙な絵は、単調なのはどうなの?対極の絵も沢山ある。「いい絵」とはを理解するのは一筋縄ではいかないようです。写真のように描ける描写力、デッサン力は重要な技術のようです。一方、技術のない子供の絵とか発達障害のある方の絵にもいい絵がある。これはある事物の特徴を純化抽出されたものだからと思います。様々なジャンル、テーマ、カテゴリー、受け手のスタンスにより評価は分かれます。「美」についてのとらえ方も分かれます。桜の様相でみれば、寒さに耐える枝そして蕾、満開、花吹雪、葉桜、終の朽ちた老木。無常が美しいようです。無常の中の不易。「いい絵」といわれる絵に普遍的な共通項目はあるのだろうか?作家、作品、鑑賞者。三者を貫き響き合う何かを見つければいいようです。究極「いい絵」を決めるのは鑑賞者です。いい絵を描くため作家は鑑賞者の生理的本能をくすぐるテクニックを身につけなくてはなりません。現在の私が求めているのは「単純な物理的ルールに裏打ちされた少し複雑な変化」です。

http://artm51.minibird.jp/lecture/color.htm

絵画創作の方向付け

・予備知識

「知」「情」「意」